2008年8月19日火曜日

海辺の子猫たち

海辺の子猫たち
                                
 入海に入る水路の途中は、ハゼつりの、絶好な場所です。そこは漁船を海から上げておくために、水路に向かって斜めに、コンクリートで固めてあるのです。
 ボクは、その漁船の間から、つり糸を投げ込み腰を下ろしました。
 しばらくしてから、ふと気づいて、ボクは振り返りました。


 なんと子猫が、ソーッと、ボクが釣り上げたバケツの中のハゼをねらって、後ろから近づいて来るのです。
 子猫は、ボクと目をあわせると、あわてて逃げ出します。しかし少しボクから離れると行儀よくそこに、チョコンと座り、またこちらを見ているのでした。
「おまえ、お腹すいてるのか?」


 ボクは、バケツからハゼを一匹取り出して、子猫に放ってやりました。ピチピチ跳ねているハゼを、前足でおさえながら、子猫は、ムシャムシャと食べています。
「ハハハッ、おまえ、よっぽどお腹へってたんだなぁ」
と言いながら、ボクはおもしろくなって、また放ってやりました。
 すると、それをどこかで見ていたのか、ちょうど同じような大きさの子猫が、次から次へと現れてくるのです。 
 ボクは、だんだん楽しくなりました。

 一匹放ってやると、子猫たちは、大はしゃぎして取り合います。なかでも一番小さい子猫は、自分がハゼをくわえると、急いで逃げようとします。でも、すぐに他の子猫に後ろから組み倒され、獲物を奪われてしまうのでした。
 ボクはますますおもしろくなって、ハゼを子猫たちに放ってやりました。
 とうとう放ってやるハゼがなくなると、子猫の一匹がボクに近づいて来ました。そして、ボクの顔を見上げると、「ニャーン!」と、甘えるように鳴くのです。

「よし、まってろな! いま、釣ってやるからな!」
 そう言うと、ボクは子猫の頭をポンポンと軽くなでてやりました。
 ボクが、エサを変えるために、サオを上げると、子猫たちはいっせいに群がってきます。
「まってろ! まってろ!」と言いながら、ボクはエサをつけ、糸を投げます。
 子猫たちは、もうボクから周りから離れようとしません。
『なつかれてしまった』と思ったとき、ボクははじめて気づきました。


 少し離れたところに、たぶん子猫たちの母親らしいネコが、厳しい目でじっと、ボクを見つめていたのでした。
「だいじょうぶだよ、いじめないよ。お前も、お腹ペコペコなんだろう」
 ボクは、釣り上げたばかりのハゼを、母ネコに放ってやりました。しかし、母ネコは食べようとはしないのです。母ネコの前で、はねているハゼを見て、子猫たちはいっせいに取り合いをはじめました。
 そんな子猫たちのようすを、母ネコは、やっぱり黙って見ているだけでした。


 ボクが帰ろうとして立ち上がった時、母ネコははじめて、
「ニャ~~ン」
と、ボクの顔を見て鳴きました。それはまるで、母ネコが
『ごちそうさま、ありがとう』
とでも言っているかのようでした。
『いいよ、いいよ』
ボクは、母ネコを見つめて、心の中で返事をしてやりました。
 帰りのボクのバケツは、空っぽでした。でもいいんです。ハゼなんて、いつでも、だれでも釣れる魚ですから。

                       おしまい




結婚指輪
結婚指輪


東京の結婚相談所 ワンランク上の結婚相談サービス
東京 結婚相談所

0 件のコメント: