2008年12月26日金曜日

オヤジの女房はオレの女 24

 映画が終わり場内がパッと明るくなった。オレは右手を戻し、響子の手を離した。響子はサッと自分の手を引いて、その手を自由だった方の手で擦っていた。そして上着を着ると手荷物を取って、
「帰りましょう」
と、オレを見ないで言った。
 外へ出ると、もうすっかり暗くなっていた。オレたちは近くの駅から電車に乗った。電車は満席で、オレたちは出入り口付近に立っていた。響子はドアのガラス越しに、黒々とした外の景色に虚ろな目をやっていた。オレはその後ろでつり革に掴まっていた。途中電車はいくつかの駅に止まり、その都度乗客の出入りがあった。いくつ目かの駅で、二人ぐらいは充分に座れるほど席が空いた。
「席、空いたよ」
と、オレが響子に言った。でも、響子は振り返ろうともせずに、
「そう、あたしはいいわ。リョウちゃん、座んなさい」
と、そっけない返事が返ってくるだけだった。
 オレは席に座ってからも、チラチラと響子の様子を伺っていた。暗いドアガラスに響子の沈痛な顔が映って見て取れた。響子はドアガラスに顔を近づけたまま、伏し目がちに、何か物思いに耽っていた。オレがあんなことしたからだと思うと、なんとなく下腹あたりが重くなった。

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 車内のアナウンスでオレ達の降りる駅名が流れた。するとブレーキがかかり、しだいに電車はスピードを落としていった。
 響子が振り返ってオレに顔を向け、右手でオイデ、オイデをしている。オレは手荷物の紙袋を下げて立ち上がった。
 駅から家までは、徒歩で約15分位なものだ。その間、オレ達は押し黙ったまま暗い夜道を歩いていた。普段はうるさい位によく喋る響子が、ついに一言も口を利かなかった。理由は分かっている。オレがあんなことをしたからだ。そう思うと、やっぱりオレは下腹のあたりが重くなるのを感じた。
 ようやく家にたどり着くと、響子が玄関のカギを開け、オレが先に家の中に入った。玄関を上がり、短い廊下を行くと左にキッチンがある。オレがそこまで来ると、
「リョウちゃん」
と、後ろから響子の声がした。オレはキッチンの前で振り返った。
 響子は、オレの前までツツッっと歩み寄ると、右手でオレの頬をピシャリと打った。そして、今まで抑えていたものを一気に吐き出すように、
「あなた、なに考えてるの。あんなことして恥ずかしくないんですか。・・もう、信じられない。・・あんなことするなんて・・」
と言って、オレを責めた。
「ゴメン」
 オレは下を向いたまま、すぐそこのテーブルの椅子に腰掛けた。すると響子も向かいの椅子に座った。そしてまた、キッとした眼をしてオレを詰った。

つづく

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